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和田さんご来訪

6月3日、和田博巳さんが我が家に遊びに来てくださいました!

新譜ジャーナル誌で和田さんのことを知ってから30数年。このような日が来るとは夢にも思っておりませんでした。

できることであれば、中学生だった当時の僕に、

いつか和田さんがキミの家に遊びに来てくれるからね!

と言ってあげたい。

きっと、もっと人生に希望を持った若者に育ったことでしょう。(笑)

まーそれはかなわぬことですが、なんとか生きてきてよかったと思う今日この頃です。

和田さん、そしてご一緒いただいたNARUさん、A氏さん、ありがとうございました!

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ジュリアードSQ/バルトーク弦楽四重奏曲全曲演奏会

ジュリアードSQのバルトークを生で聴けるとは思いませんでした。

5月30日、31日の二日間、王子ホールでの全曲演奏会。初日が1番、3番、5番、二日目が2番、4番、6番のプログラム。

複雑な構成、不協和な響き、特殊奏法の多用などからとっつきにくい音楽だけれど、その不協和な響きはこの世のものと思えないほど透明で美しく、奏者の弓の一部が何度も切れて垂れ下がるほどの暴力的な激しさは比類がない。

天才的な音楽はたくさんあるけれど、このような音楽をどうして書けたのか分からないということでは、これほど不思議な音楽もないかも知れない。

このよさをオーディオで出すのが難しい。
しかし優れた生演奏を聴いてしまえば、脳がそれを記憶して、同じオーディオで聴いてもその快感を呼び覚ます。脳が音を聴くというのはそういうことだ。
正確に言うと脳に音は伝わらなくて、聴覚だろうが視覚だろうが触覚だろうがみな同じ活動電位のパターンとして伝わるわけだけれど。
脳はその場で鳴っている音を聴いているだけではない。今鳴っている音をもとに、過去に蓄積した音の記憶を用いて予測を行う。そのときに、過去に感じた感情も再現される。

こうした脳の働きによって、いくつかのことが起きる。

  • 録音された音楽、例えば一枚のCDに入っている情報は変わらないのだけれども、脳の方が変わってしまうので、今聴いているCDから受ける感動は二度と帰らないかも知れない。あるいは今は感動しなくても、別の機会に聴いたときには感動することがある。
  • 同じ音、同じ音楽を聴いても、人それぞれまったく違う認識をする。脳が蓄積した記憶が異なるからである。複数のメンバーで機器の聞き比べをすると、とても複雑な結果になる。誰かと一緒に音楽を聴いていても、そこから惹起される感覚としては、実はまったく違うものを聴いているのと変わらない。
  • 一方で、同じ場所で同じ音楽を聴いたという経験は、「同じ記憶」としてその後の様々な場に現れることになる。我々の認識とは、脳の認識に他ならない。「同じ記憶」は同じ、または近い認識に帰する大事な縁(よすが)だ。わかり合うとはそういうことの積み重ねかも知れない。

これらはよく経験することです。

そして脳が記憶をしてしまうが故に、同じ演奏から新鮮な感動を受けることは少なくなることがあり得る。音楽の総量が少ない場合は「聴き切ってしまう」危険がある。しかし、ひとりの人間の生涯ではとうてい聴き切れないほどたくさんの優れた音楽がある現代では、その心配はない。よい音楽体験をすることは、そのまま将来のよりよい音楽体験を生み出すことになるわけですね。

Juilliardsq

Juilliard String Quartet / Beethoben String Quartet No.13,Op.130 with Grobe Fuge 、String Quartet No.16,Op.135

演目も一部メンバーも違いますが、サインをいただいてしまいました。サイン左の記号はチェロの Joel Krosnick さんが書いてくれたものです。お茶目な方でした。感謝!

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