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There's nothing you can find that cannot be found.

中村中が出演するというので、ミュージカル「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」を観に行く。

「アングリーインチ」は、性転換手術の失敗でヘドウィグに残された1インチの突起。そしてバンドの名前。

映画ではStephen Trask による音楽、John Cameron Mitchell の演技が素晴らしい。「ヘドウィグの嘆き」で、切り刻まれた自分のかけらを持っていったと歌われるのはヘドウィグの母親と、夫であったルーサー、そしてロックスターのトミーの3人。この3人との関係はだから比較的分かりやすい。そこに含まれない、今の夫のイツァーク(イツハク)との関係はミステリアスだ。イツァークは性別のあり方がヘドウィグと逆で、でも望んでそうなっているのではないところは同じ。そしてこれは舞台の頃から役者が Miriam Shor であったためにできた設定ではないかと思っているのだけれど、ヘドウィグよりすぐれたヴォーカリストであるというのが、この物語の他のさまざまな設定にもまして悲しいところだ。大事な何かを捨てなくても、ベルリンの壁は壊されて自由が得られるようになるなどということより悲しい。それは少なくとも、自分の行動の結果だ。演技にそれほど長けているとは思えない Miriam Shor が映画でも起用されているのは、イツァークのヴォーカルはこの人でなければならないからだろう。

今回の日本での公演はヘドウィグに山本耕史、イツァークに中村中。新宿FACEで2月21日と3月3日、そして地方公演後のツアーファイナルを4月7日の東京厚生年金会館で観た。舞台に上るのはこの2人とバンドだけなので、中村中はイツァークの他、ヘドウィグの母親とルーサーと昔のトミーの四役を演じる。トミー役でアコースティックギターを弾きながら、ほんの一節を歌う「オールウェイズ・ラヴ・ユー」に思わずのけぞる。これだと、トミーの方がヘドウィグより才能があることになってしまわないかと思いながらも、圧倒的な歌唱力に陶然としてしまう。きっと天空には空気しかないのだろうけれど、この人には音楽の女神がついているので、これは仕方のないことなのです。

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求道者

4月8日、StudioK'sで山口孝さんの講演。

著書「音の匙」を本人が解説されるという貴重な機会でした。最小限の言葉で綴られたその文章は想像力を刺激しますが、想像を絶する求道の精神に写った風景は、解説によってさらに心に響きました。僕にとっては、ということですけれども。

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キーワードは「構造と変容」。そして「石と火」。

人間の脳は世界を「構造」と「機能」で理解しようとするようです。前者は脳そのものが構造的であるので分かりやすいですが、後者は一体なぜ?

変容……、火……。そうか。

脳は内部にフィードバック回路を持ち、それによって「時間」を認識しているように見えます。「構造」は世界から時間の要素を取り除いたものであり、「機能」とは時間にフォーカスした理解なのかも知れません。

えーと、何が言いたいのかと言いますと、

人間はなにかを極めれば極めるほど、脳そのものを明らかにするということ……なのかなあ。

それだけではありませんでしたね。もうひとつのキーワードは「エロス」。

この辺は僕の理解を超えております。(笑)

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