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菅野沖彦先生の音

晴天に恵まれた914日、ふたたび集うこととなったわれら3人の戦士。今日の舞台は中央線O駅である。

 

「Mzさん、ありがとね」

「いえいえ、私はただ、メールをしただけですから」

「なんだそうか」

「いや、感謝はしてくれていいです」

 

今回ばかりは緊張のあまり、われらの会話にもキレがない。

今日は菅野沖彦先生のお宅に伺うのだ。

 

「とにかく失礼がないようにお願いしますね」

「はい、ばっちりです。今日のために新しいシャツ買っちゃいましたよ」

「僕は靴下もパンツもおニューだ」

「なんでですか」

 

O駅から少し歩いた閑静な住宅街に、先生のお宅はあった。

 

1階部分を駐車場にしたその上こそがあの部屋、今号のステレオサウンド誌(156号)では菅野先生がケン・ケスラー氏と談笑されているあの部屋、 ライオンのぬいぐるみが置かれているあの部屋である。(Mz注:あれは「犬」のぬいぐるみです)

 

部屋に入ると正面にはあのスピーカーたちが、手前にはあの機器たちが。

そしてあの椅子に座らせていただき、先生とお話しさせていただく。

今気が付いたけど、先生は187ページ(SS156号です)の写真のとおりに座っておられ、僕がケン・ケスラー氏の位置に座らせていただいたのだ。

 

そして、音をきかせていただく。

 

 

えー、ここで質問です。

皆さんは菅野先生の音というと、どんな音をイメージされておりますでしょうか?

 

<部屋の壁が消える>

はい。その通りです。消えました。

 

<オーケストラが原寸大>

その通りです。オーケストラが演奏している空間までが、原寸のように思えました。原寸を見た訳じゃないですけどね。

 

<ゴージャス>

そうじゃないとは言いませんが、それはソースに由来するものかと。

 

 

 

最初はオーケストラ。

 

「DDDにしてから、シベリウスがいいんだ」

 

先生のお言葉どおり、一瞬で空気の色が変わる。これは北欧の空気か。

 

 

次はチェロ。

 

「ウィスペルウェイの演奏は、意外と違和感がない」

 

チェロの音色の美しさに息をのむ。ピアニシモに鳥肌が立つ。

 

 

そしてソプラノとメゾ・ソプラノ。

 

歌手の体がそこにある。3次元の大きさを持った人間の体だ。布でできた服を着ていることが感じられる。声をきいているだけなのに。着ている服の動きまでがわかる。

 

 

さらにジャズをきかせていただく。

 

菅野先生録音のオーディオ・ラボ West 8th Street だ。

 

 

ウエスト・エイスですよ皆さん ウ・エ・ス・ト・エ・イ・ス

 

ご本人のお宅でですよ。

 

ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。

 

 

 

 

 

すみません。ちょっと崩壊しました。

 

 

 

 

最高に楽しい!

人にもよるけど、スタンダードを演奏するとき、たいていにおいてミュージシャンはそれはもう楽しそうに演奏するわけです。その楽しさがスピーカーからこんなに伝わってくるなんて!

 

そして、どのソースにも共通していたこと。

 

というより、最初の一音が響いた瞬間にわかったことがあります。

 

菅野先生の音は「自然」であると。

 

それはきき進むうちに、どこまでも自然で、果てしなく自然で、圧倒的に自然だという思いに至りました。

 

「レコード音楽の再生は忠実性を追求しつつ、美しさを追求することに意義があると考える」(新レコード演奏家論)

 

そうか。こういうことか。こういうことだったのか。

 

何度もそう思いながら、僕の中で何かが確信に変わるのを感じていました。

 

 

楽しくも貴重な時間はあっという間に過ぎ、先生のお宅を辞して駅に向かう我々を見た人は、その背中に夕日よりも真っ赤で大きな決意が燃えさかっているのに、驚いたことでしょう。

 

われら3人の戦鬼 第2章 完

 

 

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